2022年10月9日、心配していた天気も、遠野駅に着いてみれば晴れ。日陰だと肌寒く、日向なら暖かく感じるくらい。駅前には「レンタサイクル」がズラリと並び、参加者を待っていた。自転車に乗るなんて何年ぶりだろう。

ツアーの案内人であるソムリエの松田宰さんと、遠野市観光協会・阿部和美さんを中心に参加者が集まり、本日の行程を確認する。季節はちょうど稲刈りの頃。松田さんは「金色の田んぼの中を、ナウシカになって走りましょう」と参加者の笑いを誘い、和やかな空気をつくりだしていく。

今回は富川屋の富川岳さん、Next Commons Lab の坂口秀美さんもガイドとして参加。4つのグループに分かれて、レッツサイクリング! 遠野駅から出発して、下早瀬橋の手前からサイクリングロードに入る。久しぶりの自転車にも慣れてきて、楽しくなってくる。遠野の空気を直に感じられるし、歩くよりスピード感をもって移動できる。旅先での自転車、いいね。

少しだけ予定ルートを逸れたり、ハプニングがあったり。グループごとに会話も楽しみながら、「伝承園」を目指した。川沿いから田んぼ脇の道に入ると、収穫の時を迎えた田園風景が広がる。

自転車、楽しい!

カッパの石像がある「かっぱ橋」を通り、伝承園に到着。国指定重要文化財の「旧菊池家住宅」や「御蚕神堂(オシラ堂)」を見学してから、お食事処で遠野の郷土食「ひっつみ」をいただく。じんわりと体にしみわたる、ほっとする味だ。

薄めのひっつみ。温かい汁物がうれしい。

軽食で休憩したあとは、歩いて近くの「カッパ淵」へ。伝承園の「カッパ淵情報」によると「今日はカッパが出そうです。」とのこと。ホントかな?

「カッパ淵」と呼ばれる場所は、曹洞宗の古刹「常堅寺」の裏を流れる小川の淵。参拝できる時間帯だったので、境内を通り、頭にカッパのようなお皿がのった「カッパこま犬」を見学してから裏手に進む。

カッパの話も出てくる『遠野物語』だが、実は「どこそこ村の、何々さんが……」というように、実名が載っている本なのだそう。1910年(明治43)の発行当時、柳田國男が「遠野の人には見せないほうがいいのでは」と心配したほど、遠野の本当の話が載っているのだという。

カッパ淵にて、きゅうりを付けた竿で「カッパ釣り」の記念写真を。

カッパ淵と伝承園の間にある「かっぱの茶屋」の店主は留場(とめば)さんといい、『遠野物語』で「二人のザシキワラシ」に出会う場所「留場の橋のほとり」と同じ字を書く。ザシキワラシが居たとされる「山口孫左衛門の家」は、「かっぱの茶屋」のあたりから車で10分くらいの場所にあったのだそう。その墓が今も残っているのだ、とガイドの阿部さんが教えてくれた。『遠野物語』と遠野という場所が特別なのは、昔の本に描かれた世界と今の遠野が、つながってしまうところにもあるようだ。

伝承園に戻って自転車に乗り、こんどは街中の道を通って遠野駅まで戻る。坂道を下り、「沼田瓦工場」の煙突の前を過ぎ、無事に駅まで到着。

ちょいと止まって煙突の写真を撮れるのが、自転車のいいところ。

自転車を返却したあとは、街中を歩いて「遠野市立博物館」へ。「民話の道」と名づけられた道には、ザシキワラシが隠れていたり、「桃太郎」や「あかずきん」などの像が点在していたり。雑貨店やブルワリーなど、知らなければ通り過ぎてしまいそうなネタがたくさんあった。

遠野市立博物館も、ガイドの阿部さんの解説で、おもしろく見学することができた。『遠野物語』から始まり、市日や「南部ばやし」の行列写真、絵馬・供養絵額、山仕事・山伏、民俗芸能など、一つひとつを丁寧に見始めたら1日あっても足りないくらい。ツアーでは駆け足の見学になってしまったが、遠野を再訪するいい理由ができたのかもしれない。

博物館の次は、もうひとつの行ってみたかった場所「こども本の森 遠野」へ。天井近くまで本が並ぶ様子は圧巻。館内のあちこちに居場所があり、子供も大人も思い思いの場所で本を読んでいた。いつまでも居たくなるような、素敵な空間だった。

徐々に外が薄暗くなり、夕食の時間に。会場は「こども本の森」隣の「いちの蔵」。会場準備ができると、松田さんが入口に登場。グラスにウェルカムワインを注いでもらい、中へ。グループごとに席につき、特別な夕食の始まりだ。

料理とワインを説明する菅田シェフ(左)と、松田さん。

料理を用意してくれたのは、遠野市にあるレストラン「おのひづめ」の菅田幹郎さん。今回はビュッフェスタイルなので、食事の前に、すべての料理とワインの説明があった。

前菜は、今朝の牛乳に乳酸菌を入れて作った「フロマージュ フレ」、ナスの素揚げをミルフィーユ状に重ねて焼き上げたもの、ミニトマトを少しだけ焼いて甘さを引き出したガスパッチョ。前菜に合わせるのは、3週間前に日本に入ったばかりのKOPPU(コップ)というポルトガルのワイン。「コップ」という言葉は、日本語とポルトガル語で同じ意味なのだそう。コップ酒のように気軽に楽しめるワインとして造られたもので、ボトルにはポルトガルの装飾タイル「アズレージョ」のような柄があしらわれている。クリームのように柔らかなチーズに、ワインがよく合う。

2つめの料理は、ヤリイカを腑腸ごと炊いてトマトに詰め込み、自家製のモッツアレラで蓋をして焼き上げた料理。焼き上げたピザ生地を、パンのように添えて。合わせるワインはポルトガルのロゼ、SADINO(サディーノ)。松田さんは「魚と合うワインで、海の近くで造ったワインなのでアフターにちょっと塩味を感じるはず」と解説した。ポルトガルの夕日のような色のワインは、とても飲みやすいものだった。

3つめは、山田町の漁師さんから直接仕入れた10月に旬を迎える「ムール貝」を、酸味のあるヴィネグレットソースで。「ヨード香があるムール貝には、クセのあるワインを」と松田さんが用意したのは、スペインのCepas(セパス)。少しボリューミーな白ワインは、特徴的な香りがした。

4つめの料理は、自家製のモッツァレラチーズを包んだカルツォーネには、遠野産の黒ニンニクソースを合わせて。削りかけてもらったチーズは香りが高く、とても贅沢な気分に。黒ニンニクを使ったストロングな料理には、「シュナン・ブラン」というブドウ品種を使った南アフリカのワインを合わせて。「凝縮感と、とろみのあるワイン。これはすごいワインです」と紹介された。同じテーブルの参加者からは「ワインは、これがいちばん美味しい」との声も。

5つめ。牛骨を煮だし、キノコを合わせた「ひっつみ」は、ものすごくオイルを感じるスープ。レシピを見るとその配分がほぼ同じであることから、「ひっつみは、だいたいパスタなんだな」と捉えた菅田シェフによる、寒い季節に合う料理だ。合わせていくのはスペインとポルトガル国境付近の、「トゥーリガ・ナショナル」という黒ブドウ品種の赤ワイン。「黒土で栽培されるため、しなやかで艶のある味わい。きのこ料理と、黒土の土壌で栽培された、大地に根が張るような重心の低い味わいが合うと思います」と松田さん。こうしてワインが造られた土地に想いを馳せると、ますますワインが楽しくなってくる。

6つめは、鹿のすじ肉のシチュー。癖もなくとても美味しい。日本の社会課題ともいわれる農作物等の鳥獣被害。菊池さんの牧場の外にも、被害を防ぐための罠が仕掛けられており、そこには鹿がかかることもあるそうだ。人間の都合で捕獲するのに、その利用率は1割に満たない、と菅田さんが教えてくれる。奪った命なら、せめてそれを大切に扱いたいという想いを込めてつくった料理。ふだん気にも留めずにいることを、料理を通して伝えてもらった。 鹿肉料理には、南イタリア・カラブリアのワインを。「ワインといえば果実味、渋味、酸味の三角だけど、このワインは栽培地の暑さでブドウが夏場に焦げてしまい、独特の苦味が出てくる。この苦みが『良薬口に苦し』的な苦味で、元気が出るワインと言われている。リッチな味わいを楽しんで」と松田さん。

最後のデザートは、牛乳に砂糖だけ加えて作ったジェラート。「こういうのが美味しいっていうんだな」「シンプルさがいい」と参加者に大好評だった。合わせたのは、2015年、南フランスの「グロマンサン」というブドウ品種を使った貴腐ワイン。「飲むアプリコットソースのような感覚で、ジェラートと合わせて。瞑想的で、ものすごく豪華なワイン」と説明された。シンプルなジェラートだからこそ、ワインと合わせてもまた美味しい。極上のデザートになった。

以上が、料理とワイン7種の組み合わせ「レインボーコース」だ。ライトなものから順に味わうと、階段を上るように楽しめると聞き、説明された順に料理とワインを受け取って、それぞれのペースで楽しんだ。

今回いただいたワインは、ウェルカムワインを加えて全8種類。

食事の後は、ツアー恒例となった松田さんによる三択クイズで盛り上がり、今回のツアーもお開きに。名残惜しいくらいがちょうどいい。またいつか、楽しい旅ができますように。

*rakra誌面体験ツアーは、個人旅行では叶わない特別な体験を、ギュッと濃縮して味わえる着地型ツアー。行く先々で、地域の皆さんが準備を整え歓迎してくれるので、参加者は楽しむことだけに集中できる。次回はぜひ、いっしょに楽しみましょう。

Special Thanks

伝承園

かっぱの茶屋

富川屋

Next Commons Lab

ワインショップ・アッカトーネ539 代表 松田宰さん

一般社団法人遠野市観光協会