プロ野球選手・佐々木朗希投手が紹介したことで
一躍注目を集めた水野醤油店の「酢の素」。
今回の「rakra商店」は、話題の調味料を求めて岩手県大船渡へ。
朗希投手ゆかりの場所と味を巡る特別編としてお届けします。

酢の素

水野醤油店

■ 岩手県大船渡市

地元民が愛する酸味が強い酢

 岩手県立大船渡高校出身で千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手をきっかけに全国的に有名になった調味料がある。大船渡市盛町にある「水野醤油店」の「酢の素」である。
 酢の素はもともと地元の一部でのみ販売されていた。しかし、朗希投手が球団の公式インスタグラムを通じてファンから寄せられた「関東に来て恋しくなった食べ物は」という質問に、「『酢の素』という、大船渡市のしょうゆ店で造られたお酢」と答えたことで、全国に知られるようになった。
 同店の代表・水野一也さんは、当時(2020年)を振り返り、「それまで1日数件の注文だったのが、10件以上の注文が入るようになりました」と話す。これに拍車をかけたのが、2022年4月10日のオリックス・バッファロー戦において、13者連続奪三振で64年ぶりにプロ野球記録を更新し、プロ野球史上16人目の完全試合を成し遂げたときだった。20歳5カ月での達成は、史上最年少ということもあり、地元は大いに湧いた。
 「完全試合の翌日から注文が相次ぎ、一時期おひとり様何本までと購入を制限させていただくほどでした」と水野さん。
 酢の素は「濃厚」と書かれているとおり、通常は4倍に希釈して使用する。しかし、地元では薄めずに原液のままで使用する人が多い。
 「漁師さんの中には、醤油の代わりに刺身につけて食べる人もいますね。この強い酸味になれると、普通の酢ではもの足りなくなるようです」
 酢の素を製造する水野醤油店の創業は約100年前。水野さんで三代目になる。味噌と醤油を製造販売し、酢の素は約50年前から販売を始めた。
 「戦時中、祖父が満州でこの酢のつくり方を聞いてきて、戦後、満州から帰ってきてからつくり始めたそうです」
 最初は店からのサービスとして、お客さんに配っていたという。徐々に広まり、いつの間にか大船渡で酢といえば「水野の酢」といわれるようになった。
 「この酸っぱさがウケたんでしょうね。中学生のころ、友人の家に行ったとき、『うちで使っている酢はこれ』と見せられたのがうちの酢。大船渡でこんなに広まっていたとは知らなかったんです」
 酢の素は、一般的な酢と使い方は同じだ。水野さんの厚意で試食させてもらうと、かなり酸っぱい。しかし、甘みも感じられる。この酸味と甘みのバランスが大船渡の人たちを虜にしているのかもしれない。
 水野醤油店は三陸鉄道盛駅近くにある。周辺には大船渡高校野球部員も利用する「佐倉里スポーツ店」があると聞き、訪ねてみることにした。店長は大船渡高校野球部出身。高校時代の朗希選手も利用していたようだ。店内にはさまざまなスポーツ用品が陳列され、一角には野球用具コーナーもあり、大船渡の野球人の強い味方となっている。

製造を担当する水野一也さん。つくり方は秘伝で、水野さんが父親から教わったのが30 歳を過ぎてから。「絶対に継ぐとわかるまで教えてもらえなかったんですよ」と苦笑する。
店舗のみで販売している「丸大豆しょうゆ(1リットル330円)」「味噌(1キロ500 円)」、すべて税込。
「酢の素」は刺身や餃子のつけだれとしても。
  • 水野醤油店
  • 岩手県大船渡市盛町字木町8-16
  • TEL 0192-26-2743
  • 営業時間/8:00〜18:00
  • 定休日/無休 ※臨時休業あり
  • 「佐倉里スポーツ店」の野球コーナー。
  • 佐倉里スポーツでは、野球のほかテニスなどの用品も取り扱う。
  • 佐倉里スポーツ店
  • 岩手県大船渡市盛町字木町12-2
  • TEL 0192-27-0501
  • 営業時間/10:00〜19:00
  • 定休日/無休

 大船渡市盛町の「正和堂」。創業は昭和初期、日本茶の販売をメインに夏はかき氷、冬は大判焼きを販売している。店主の小嶋ユウ子さんのお孫さんも大船渡高校野球部出身で、佐々木朗希投手と同期だったとか。
 地元・大船渡では「大判焼きは正和堂」と評されるほどの人気だが、夏のかき氷も負けていない。定番の「いちごミルク」は、透明な氷の塊をかき氷機で削り、その上に手づくりのいちごシロップと練乳をたっぷりかけ、さらに削った氷をのせたもの。大判焼きにも使われる手づくりあんこがたっぷり乗った「あずきミルク」もおすすめ。

店主の小嶋ユウ子さん。いつも笑顔で元気に店を切り盛りしている。
年季の入ったかき氷機にも店の歴史が感じられる。
ガラス器に入った「いちごミルク(1個250 円・税込)」。
  • ●岩手県大船渡市盛町字木町8-18
  • ●TEL 0192-26-2085
  • ●営業時間/9:00〜16:30
  • ●定休日/日曜

朗希少年が好んだ中華料理

 陸前高田市は佐々木朗希投手の生まれ故郷である。同市の中華料理店「昇龍厨房 四海楼」は朗希投手が子どもの頃から家族で利用している店である。店内にはサインとともに、大船渡高校時代やプロ野球に入ってからの写真が飾られている。
 店主の長田正広さんは、東日本大震災で亡くなった朗希投手のお父さん・功太さんとは同じ町内会仲間だった。
 「年1回の旅行に出かけたり、飲み会をしたり。功太さんは、飲み会で出すオリジナル鍋の『坦々鍋』が好きで、その締めに麺と麻婆豆腐を入れて食べていました。朗希投手もそれが好きでね。これが『麻婆坦々麺』の始まりです」
 プロ野球に進み、好きな料理として四海楼の坦々鍋が紹介され、千葉ロッテマリーンズのファンからも問い合わせがあった。
 「しかし、遠くから陸前高田に来た方に昼から麻婆坦々鍋を出せないでしょう。だけど、締めの麻婆坦々麺だったら出せると思ったんです」
 商品化のために半年かけて試行錯誤した。器にもこだわり、鍋らしさを出すために素焼きの砂鍋(サーコー鍋)を採用。朗希投手が好きな料理として紹介していることもあり、中途半端なものは提供できないと思ったという。
 そして、完成した麻婆坦々麺を朗希投手も気に入ってくれた。「辛いものが苦手だけど、この麻婆坦々麺ならば食べられるといってくれました」
 食後のおすすめは「杏仁豆腐」。濃厚な味でもっちりとした食感で舌の上でゆっくりととろけていく。昨年末、朗希投手が大船渡高校野球部の仲間たちと一緒に来店し、麻婆坦々麺と杏仁豆腐を食べ、みんなの「うまい!」という声が何度も聞こえたという。
 3月11日、朗希投手がWBCのチェコ戦に先発した。長田さんも仲間も大いに盛り上がった。
 「3月11日は私たちにとって忘れられない日。その日に朗希投手が投げたのが何となく特別な感じがして、力をもらいました」としみじみと話す。
 四海楼の長田さんは「球のスピードはもっと速くなるんじゃないかな」と期待する。そして、自分も負けられないと厨房で鍋を振っている。

坦々麺のスープと麻婆豆腐のバランスが味の決め手という「昇龍厨房 四海楼」の「麻婆坦々麺(990 円・税込)」
  • 杏仁霜と小岩井牛乳をぜいたくに使った「杏仁豆腐(400 円・税込)」
  • 「昇龍厨房 四海楼」店主の長田正広さん。佐々木朗希選手が野球少年のころから応援している。
  • 「四海楼」は東日本大震災で被災し、仮設店舗を経て5年前に現在の地でオープン。
  • 昇龍厨房 四海楼
  • 岩手県陸前高田市高田町館の沖302-7
  • TEL 0192-55-6525
  • 営業時間/11:00〜14:30、17:00〜20:00(19:30L.O.)
  • 定休日/月曜、水・日曜の夜